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皆でかなえる、皆で繋がる
Nさんの思い出
寒い季節、皆さん風邪などひいておられませんか?
作業療法士の永吉琢也です。
今回は、昔私が初めて担当したALS(筋萎縮性側索硬化症)の
患者さんのことについて書きたいと思います。

Nさんは当時60代の女性でした。
岸和田市にあるサービス付き高齢者マンションに住んでおられ、
典型的な上肢型のALS(ALSはその初発症状の部位によって、
おおよそ上肢型、下肢型、球麻痺型、呼吸筋麻痺型の4型に分類されます。
彼女は上肢型(つまり腕から筋肉の萎縮が始まるタイプでした)の
症状が見られていました。

担当保健師と一緒に初めて訪問した日、Nさんは涙ながらに
日々身体が動かなくなっていること、生活の中で出来なくなっていることについて
話されました。
ALSという疾患に対して当時経験のなかった私は、
ただただ彼女の痩せた手を握って頷くしかなかったのを覚えています。

訪問リハビリが開始され、運動療法と日常生活動作訓練を提供しながら
色々とお話しする中で、本当に偶然ですが、Nさんの娘さんは
私の出身高校の同級生だったということが分かりました。
(同じクラスになったことはありませんでしたが、
卒業アルバムを見ると娘さんの顔を覚えていました)
そのことを知ってからは、まるで身内であるかのように親近感が湧きました。
訪問の度に些細な冗談を言っては笑い合い、
それでも日々出来ないことが増えていくこの病気に対して、
やりきれない、恨めしい感情も持ちました。
将来声が出なくなったときのためにと
「伝の心」というコミュニケーション支援機器の練習を勧めた際には、
本当は声が出なくなるなんてことを考えたくはないはずなのに、
永吉がそこまで言うならと了承して下さいました。
慣れないフットスイッチで伝の心を使って初めて打ってくれた言葉は、
「いつもありがとう」でした。

訪問開始から1年が過ぎ、Nさんの病状は、希望に反して進行していました。
他府県の神経内科クリニックから、国内では未承認の薬を
自費で取り寄せて週二回の点滴治療もされていましたが、
ほとんど効果はありませんでした。
進行性の筋萎縮は、上肢だけでなく下肢に及び、
さらに徐々にではありましたが彼女の呼吸機能までも侵していきました。
徐々に苦しくなっていく呼吸、そしてぼんやりしていく意識の中で、
それでも彼女は人工呼吸器を選択しませんでした。

その年の2月13日、大阪は記録的な大雪に見舞われました。
呼吸困難のため数日前に緊急入院した病室を見舞うと、
Nさんは酸素吸入のマスク越しに本当にか細い声で
「いつもありがとう」と言って下さいました。
翌日の2月14日、その日も雪が降りしきる中、
娘さんや息子さん達に見守られながら彼女は永眠されました。

毎年バレンタインデーの季節になると、彼女のことを思い出します。
「Nさん、いつもありがとうと思っていたのは実は私の方です。
あなたの貴重な時間に寄り添わせて頂いたこと、本当にありがとうございました。」

作業療法士 永吉 琢也

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